【まとめ】あまり知られていない残忍なシリアルキラー10人

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10killers

切り裂きジャック、テッド・バンディ、ジェフリー・ダーマー、エド・ゲイン…今までたくさんの狂った殺人者が存在しましたが、世の中にはもっとたくさんの狂った殺人者たちがいます。

今回はあまり語られることのない、残忍なシリアルキラーたちを10人ご紹介します。

 

1.コーデリア・ボトキン(1854年-1910年)

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写真:wikipedia

 

コーディリア・ボトキンはジョン・プレストンと不倫をしていました。両方とも既婚者のW不倫です。危険な関係は3年間続きましたが、ジョンが妻と和解してコーディリアから離れてしまいます。

そこでコーディリアは腹いせに、ヒ素の隠し味を入れたチョコやキャンディーを匿名でジョンの家族に送ることにしました。

ジョンの妻や妹はお菓子を食べてしまい、ヒ素によって苦しんだ末に亡くなります。他に3人もヒ素入りのキャンディーを食べましたが、後遺症が残ったものの生き残っています。

 

お菓子と一緒にコーディリアが書いたメモが同封されており、以前ジョンの妻に送った手紙の文字と筆跡が一致したことから逮捕されました。

 

2.ジェーン・トッパン(1857年-1938年)

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写真:wikipedia

 

1854年にボストンの貧しい家庭に生まれたノラ・ケリーは、5歳の時に養子となりジェーン・トッパンという新しい名前を与えられました。

しかし養母はまともな養子として育てるつもりなどなく、実態は下女のような奴隷労働をさせられていたようです。過酷ないじめを受けながら育ったジェーンの人格は歪んでいきます。

20歳の時に結婚を約束した相手に捨てられ、2度の自殺未遂を経てジェーンは怪物に変貌します。

26歳の時にケンブリッジ病院で看護士見習いとして勤めはじめますが、彼女が担当する患者2名が立て続けに急死します。明らかにジェーンの行動が怪しかったのですが、ケンブリッジ病院は世間体を考えクビにするにとどめます。

 

その後、1880年から21年の間、住み込み看護士として各地を転々としますが、彼女を雇った家族は次々と死んでいきます。

事件が発覚したのは1901年、彼女を雇った家庭の男性が6週間の船旅から帰ると、家族が全滅していました。さすがにおかしいと思い警察に通報し、家族の遺体が掘り起こされた結果、致死量をこえるモルヒネが検出されました。

 

彼女は31人の殺害を自白しましたが、実際にはもっと犠牲者がいたとされています。

ジェーン・パットンは犯行を認めるものの全く悪びれることもなく反省をすることもありませんでした。精神病院に入れられ84歳になるまで生きています。

 

3.ジョセフ・ヴァシェ(1869年-1898年)

desktop-1429808136写真:wikipedia

 

ジョセフ・ヴァシェはフランスの非常に貧しい小作農の16人兄弟の14番目に生まれました。

軍隊に入っていた時に「切り裂きジャック」の記事を読んで感化されてしまい、危ない言動を繰り返すようになって除隊されています。

一方的に恋をした相手に対する殺人未遂と自殺未遂で精神病院に入りますが、しばらく後に完治したとして退院。

その直後に最初の殺人を犯し、偶然によって逮捕されるまでの3年あまりの間に少なくとも11名を殺害しています。

殺害方法は残忍で、喉を切り裂いた後に遺体を陵辱し、その後は肉片になるまで切り刻むというもの。

典型的な切り裂きジャックの模倣犯の例として名を残しました。

 

4.サーバント少女滅殺者(1884年-1885年)

desktop-1429810079写真:wikipedia

 

ラノベめいた中二病チックなネーミングですが、これは1884年と1885年にテキサス州オースティンで発生したアメリカ最古のシリアルキラーに付けられた名前です。

7人の少女と少年が眠っている間に殺害され、遺体の一部がバラバラにされるという残忍なもので、切り裂きジャックとの関連性も疑われました。

その後、宴会中を襲われた8人は重症を負いましたが生き残ります。

400人以上がこの事件の容疑者として逮捕されましたが、真犯人は見つからずじまいで未解決となっています。

1885年のクリスマスイブを最後に事件は起こっていません。

 

5.ベラ・キス(1877年 – ?)

desktop-1429814132写真:wikipedia

 

ベラ・キスは捕まること無くどこかへ消えた謎の連続殺人鬼です。

ハンガリーのブタペスト近郊に住んでいたベラ・キスは家にドラム缶を買い集めていました。近隣住民は第一次大戦の準備の為にガソリンを買い溜めしているのだと思い不思議に思いませんでした。
1914年にベラ・キスは戦争に出かけて家を留守にします。その後、家は家賃滞納で競売にかけられます。家を購入した新しい住民はドラム缶を見つけ、ガソリンが入っていると思い喜びました。

しかしドラム缶に入っていたのは中年女性の遺体でした。その数、合計24。

遺体はすべて絞殺で、アルコール漬けで密閉されていたため腐敗していませんでした。一説には首に噛み傷があったとか、血が抜かれていたとも言われています。

 

ベラ・キスは戦争中に野戦病院で死亡したことになっていましたが、別人の死体に自分の身分証明書を付けてすり替わっていました。

逃亡したベラ・キスの消息は掴めておらず、1932年にタイムズ・スクエアでの目撃証言が報じられたのみとなっています。

 

6.レオナルダ・チャンチューリ(1894年-1970年)

desktop-1429809143写真:wikipedia

 

レオナルダ・チャンチューリは、「コレッジョの石鹸メーカー」という異名を持つ狂気の殺人者です。

3人の女性を殺害したレオナルダは、近隣住民には親切なおばさんと思われていました。おそらく本来は優しい母親なのです。

彼女の長男が第二次世界大戦でイタリア軍に徴用された時、動転した母が信じたものはオカルティズムに満ちた迷信でした。

彼女は人間の生贄を捧げることで、長男の安全を確保しようと考えたのです。

3人の犠牲者は毒や棍棒で殺害され、手足を切断されました。彼女は犠牲者の血を乾燥させ、茶やケーキに入れて食べていたと言われています。

3人目の犠牲者の脂肪は石鹸となり、近隣住民に配られていました。彼女は獄中で1970年まで生きました。

 

7.アンリ・デジレ・ランドリュー(1869年-1922年)

desktop-1429812184-compressor-compressor写真:wikipedia

 

チャールズ・チャップリンのブラックコメディ『殺人狂時代』は映画史に名高い名作ですが、主人公の小粋な殺人鬼にモデルがいたことはあまり知られていません。

オーソン・ウェルズがモデルにした実在の殺人鬼がこのアンリ・デジレ・ランドリューだと言われています。

 

詐欺で刑務所とシャバを出入りする生活を送っていたランドリューは、結婚詐欺で逮捕された時に考えます。

「捕まったのは証拠を残したからだ。ならば証拠を残さなければよい。殺してしまえばいいのだ」

出所してきたランドリューは「当方十分な収入のある男やもめ。結婚を前提に未亡人と付き合いたい」という新聞広告を出しました。

当時は第一次世界大戦後で、戦争により伴侶を亡くした女性がたくさんいたため、新聞広告の文面を信じて募集に応じた女性が多かったようです。

 

彼は1914年~1919年の間に新聞広告に応じてやってきた10人の未亡人と犠牲者の子供の青年1人を殺害します。

郊外に殺人専用の別荘を用意して、大型のストーブで犠牲者の遺体を焼いていました。

捜索の結果ストーブから骨の一部が見つかりましたが、当時の技術では人間のものかは判別できませんでした。

そのため、ほとんど物的証拠が残っておらず、情況証拠だけでした。ランドリューは物的証拠が無ければ有罪にならないと信じていたのです。

 

この事件は戦争で疲弊しきったパリ市民の不満を逸らすために大々的に報じられ、裁判の傍聴は連日満員となりました。

ランドリューは席のない老婦人に被告席を薦めるなどの小粋なふるまいをし、ブラックなユーモアを持った人気者となります。

しかし陪審員はまともで、ランドリューは有罪判決を受け、1922年に処刑されます。断頭台へ向かう際、神父に対して「私のことより、あなたの魂を救うことを考えなさい」と言い放ったと言われています。

 

8.フリッツ・ハールマン(1879年-1925年)

desktop-1429811293写真:wikipedia

 

この中では最もメジャーな存在。狼男や吸血鬼と呼ばれたドイツのシリアルキラー、フリッツ・ハールマン。

彼は儲からない肉屋を経営していた同性愛者で、若い男性浮浪者や男娼を自宅に呼び込んでは行為の最中に喉を噛み切って殺害していました。

犠牲者は少なくとも24人で、彼は48人は殺したと豪語しています。

遺体は自宅の裏の川に投げ込み、犠牲者の服は闇市場で安く売りさばきました。犠牲者の肉を豚肉の缶詰として売っていたという噂もありますが、裏付けはありません。

近くのレストランでは彼の店から仕入れた肉を使っていたことが分かっています。
1925年に処刑され、脳の構造を調べるために研究用に脳が保管されています。

 

9.ドロシア・プエンテ (1929年-2011年)

desktop-1429812640写真:wikipedia

 

ドロシア・プエンテは1980年代に下宿宿を経営しており、行き場のない高齢者や精神を患った者、浮浪者達に泊まれる場所を提供していました。

宿はヴィクトリア様式で清潔なもので、サクラメントのマザー・テレサと呼ばれるおばあちゃんでした。
しかし、彼女はその善良な仮面の下に恐ろしい一面を持っていたのです。

彼女は下宿人を殺害し、下宿人の受け取るはずだった年金や生活保護費を横取りしていたのです。反抗的だったり口答えをするものには毒薬を飲ませて殺害しました。

 

ドロシアは幼い頃に両親を亡くし、親戚に預けられてから病的な虚言を繰り返すようになります。彼女は常に経歴を詐称していて、彼女の口から出た言葉は真実の方が少ないと言われています。

度重なる嘘で職業を転々とし、犯罪に手を染めるようになっていきます。3度の離婚の後に老人ホームの経営に成功するものの、小切手の偽造で逮捕されます。

5年間の服役の後に名前を変えて初めたのが下宿の女将でした。

 

9人が殺され、その内の7人が自宅の庭に埋められていましたが、有罪が認められたのはその内3人の殺人についてのみ。陪審員の1人にどうしても有罪を認めない者がいたと言われています。

彼女は獄中で「下宿人たちはすべて自然死」だと主張し続けましたが、83歳で老衰のため自分が自然死しました。

 

10.クリステン·ギルバート(1967年-)

desktop-1429813521写真:wikipedia

 

「死の天使」の異名を持つクリステン·ギルバート。
看護婦として働いていたクリステンはある日、患者にアドレナリンを大量投与します。患者に心臓発作が起こると、彼女が真っ先に蘇生を行いました。

蘇生に成功して褒められたことに味を占めたのか、クリステンはこのマッチポンプを繰り返し、小さな虚栄心を満たし続けました。
しかし、この行為で4人が犠牲になりました。
病院側が心臓発作の多発とアドレナリンの在庫が無くなっている事に気づいて調査を開始すると、心臓発作がクリステンのシフトの日に集中していることが分かります。

捜査の手が迫っていることを察知したクリステンは、捜査を撹乱するために虚偽の爆弾事件をでっち上げ通報を行いました。

 

クリステンは十代の頃から虚言癖があり、人々を操るために自殺未遂や詐病を繰り返していて、周囲の人間に取っては脅威となっていました。

2001年に終身刑の判決を受け刑務所で過ごしています。

 

参照元:Viralnova








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